写経と念仏と読むことと


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この前の3連休で京都に行ってきまして、臨済宗総本山の妙心寺で写経をしてきました。
白隠禅師座禅和讃』というテクストを書いたのですが、リズムも言葉遣いもかっこいいのです。
出だしはこんな感じです。
 
衆生本来仏なり 水と氷の如くにて
水を離れて氷なく 衆生の外に仏なし
衆生近きを知らずして 遠くに求めるはかなさよ
譬えば水の中に居て 渇きを叫ぶが如くなり」
 
「はかなさよ」とか「渇きを叫ぶが如くなり」というところが、わたしは気に入っています。
 
お経と言えば、大学の向かいに百万遍知恩寺というお寺がありまして、
名前から察する通り浄土宗のお寺なんですけれども、
大学の空きコマにぶらりと立ち寄って、縁側みたいなところに座っていると、
先輩僧侶が後輩僧侶に、念仏の唱え方を指導している声が聞こえてきました。
 
先輩の方はよく通る声で朗々と念仏を唱え、聞いていて心がゆったりと落ち着くような感じがしました。
先輩は後輩に、声の出し方や息継ぎの場所をアドバイスしていまして、
管楽器の練習風景に似ているなと思いましたし、(人間の呼吸器官は管楽器なのだ!)
なるほど念仏というのは、歌のような、詩のような感じがするなと思いました。
 
どちらも修行の一種ですし、もっと仏教の話に寄せることもできるのですが、
敢えてそちらには深入りせずに、
これは、人がテクストと対峙している行為だ、と捉えることができます。
書き写すことや唄い上げることが、読むことである。
写経会や念仏の合唱は、読書会なのかもしれない、と。

『絵のある人生―見る楽しみ、描く喜び―』 安野光雅

 安野光雅は、わたしの好きな水彩画家だ。マットな風合いの画風が特徴的で、ヨーロッパを舞台に、とてもかわいらしい風景画を描く。

 ちかごろ本格的に絵を習い始めたこともあって、この本を手に取ってみた。

books.rakuten.co.jp

 本書では、安野さん自身の絵とのかかわり方や、美術史上での人と絵のかかわり方の変遷、そしてこれから絵を始める人への手ほどきが語られている。

 本書で一貫しているのは、「絵がすきなら、それで十分」という、あたたかいまなざしだ。そのやさしい語り口は、彼の淡いタッチの水彩画を思わせる。

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